青森県の海産魚類



トクビレ
Podothecus sachi (Jordan et Snyder)
日本海−太平洋沿岸


  県産魚類を初めて世界に紹介したのは米国スタンフォード大学総長であったジョルダン博士並びにその一門の魚類学者であった。ジョルダン博士は助教授スナイダー博士を伴い1900年初来日し、本県では8月8-9 日まで青森市周辺での採集調査及び魚市場調査を行っている。陸奥湾では漁船を仕立てて底曳網調査を行い、沖館川での淡水魚採集も行っている。その際、青森県庁物産陳列場内に開場していた県水産試験場の所蔵標本を縦覧し、必要なものを持ち帰っている。
 多くの種の新種記載を行なっているが、この中で現在でも有効な種はアキギンポ、トクビレの2種である。



 1.青森県の海産魚類

  本県を取り巻く海面は本州北端に位置することと津軽海峡を挟んで北海道と対面しており、このことから日本海と太平洋の両海洋に面しさらに、津軽海峡にも面するという他県にはあまり例のない地勢的な特徴を有する。

 さらに、県央部に内陸海としての陸奥湾を有し、それぞれ特徴ある海域となっている。

  しかし、本県沿岸は周年にわたって対馬暖流の影響下にあり、暖海性魚類の消長を支配する要因となっている。

 また、暖流の沖合い域には日本海にあってはリマン寒流が、太平洋にあってはオホーツク海から南下する寒流の親潮第1分枝が対馬暖流の勢力と拮抗する形で冬から春にかけて強勢となり冷水性魚族の南下回遊を保障する勢力となっている。

 一方、沖合域には日本海、太平洋とも水深千mを越す深海域を擁しており、それぞれ固有の深海性魚族が見られ、一層本県魚類相を豊かにしている1要素となっている。

  このように、本県海域に棲息する魚類は温帯性、冷水性魚類は勿論のこと、南日本でしか見られない亜熱帯性魚類や、亜寒帯性魚類も含んでおり、本州北端に位置しているにもかかわらず豊かな魚類相を構成している。

 しかし、日本海からの暖流系要素の北上分布が著しく多いとはいえ、その多くは未成魚であり、暖流の勢力の弱まる晩秋には低水温に耐えかねて斃死する無効分散の宿命を負っているといえる。

  本県海産魚類に関するまとまった報告としては和田(1939), 佐藤(1950), 三河(1966, 1970), 内田他(1970, 1971), 紺野他(1972, 1973, 1975), 小川・早川(1975), 塩垣(1982), 塩垣・野村・杉本(1992)などがあり,これまでのところ本県産魚類としてはおよそ654種、うち純淡水魚のコイ科を主体とした淡水魚は37種程度であり、しかもその中には仔稚魚期には一旦海域で成育する両側回遊魚を多く含んでいる。ここでは厳密な区別はしないで淡水域で生活史の多くの部分を過ごしているものを淡水魚として扱うこととする。

  ここで用いた和名、学名、分類群名、その配列等は殆どは益田他編(1984)日本 産魚類大図鑑に従った。一部は中坊編(1995)日本産魚類検索図鑑を参考とした。


2.生物地理区分

 本県海域は前述の通り、日本海、津軽海峡、陸奥湾それに太平洋と4海域に区分するのが適当であろう。日本海、津軽海峡、太平洋沿岸については日本海を北上する対馬暖流の勢力が北上にともない次第に勢力を減じていくのは理解が容易であろう。

 対馬暖流は津軽海峡西口でそのまま北上して北海道西岸に達するものと、東進して津軽海峡を抜け多くは太平洋岸を南下するものに2分されるがその流量はおよそ3対7とされる。

 本県日本海沿岸は沖合域のリマン寒流との前線を形成しており、北方からの勢力に押される形で暖流の多くの部分が海峡に抜け出るのである。

 従って、対馬暖流の本流に乗って北上してくる仔稚魚は成長しながら北上を続け対馬暖流が最も収斂する艫作崎を通過し、その多くは海峡に入り陸奥湾内にも迷い込むこととなる。むろん、その途中で定着するものも多い。

 また、暖流系要素の移送される成長段階については量的には仔稚魚期が大半であるが、中には亜熱帯性魚類で成魚期に達しているものもあることから、一旦は日本海中部で定着しても徐々に北上してくるものもあることを示している。以下に、海域別の生物地理区分について概説する。

塩垣 優


 日本海海域
 津軽海峡海域
 陸奥湾海域
 太平洋海域