海域

日本海域

  本県沿岸において最も暖流系要素の多い海域であり、日本海中部海域に普通に分布する温帯性魚類が卓越する海域である。
 代表的な魚種を挙げると、クロメクナウナギ、ホホジロザメ、ダイナンウミヘビ、ヒメ、ホソトビウオ、ミナミコノシロ、テンジクダイ、ネンブツダイ、ギンカガミ、シマセトダイ、キダイ、メイチダイ、スミツキアカタチ、ササノハベラ、ヒシコバン、シロコバン、ツマリテングハギ、シラヌイハゼ、ニラミハゼ、ヤミハゼ、マツバラトラギス、クラカケトラギス、トゴットメバル、ヨロイメバル、ウッカリカサゴ、ウバウオ、セトヌメリ、ホロヌメリ、ヤリガレイ、ガンゾウビラメ、ササウシノシタ、ヨソギ、イトマキフグ、シマフグ、ヨリトフグなど。
 これらは、本海域が分布の北限となっているものである。以上、本海域は温帯とされる。本海域の魚類分布の特徴の1つは日本海固有の深海魚成分が著しく貧弱であり、僅かに5種を数えるに過ぎないことである。これらはドブカスベ、ヨコエソ、ゲンゲ科のアゴゲンゲ、タナカゲンゲ、ハラスジゲンゲである。後述する太平洋海域では108種にも上り、 総種数の4分の1を占めるのとは好対照である。
 この中で特筆すべきは、ミナミコノシロであろう。本種はスズキ目ツバメコノシロ科に属する熱帯性の魚類でこれまで台湾近海以南の東シナ海からインド洋でしか分布が知られていなかったが、全長97cmの成魚に相当するものが1個体深浦沖定置で漁獲され、本邦初記録として話題となった(1999年8月16日)。その年の夏は記録的な猛暑であったが、海は繋がっているのだとあらためて感心するとともに、よくも迷い込んできたものと唸らせられたものである。


津軽海峡海域

津軽海峡域は魚類分布他の実態から龍飛から大間までの西部海域と大間崎以東尻屋崎までの東部海域に2分するのが適当であろう。

1)津軽海峡西部海域
 龍飛崎から大間崎にいたる海域で、陸奥湾湾口部は含まない。龍飛崎周辺は特に強く暖流がつき当たるところで、イソハゼ、ミサキスジハゼ、ヒメギンポ、コケギンポ等の色彩豊かな南日本で見られるものが普通に生息している。 
 海峡を東進する暖流は一部大間崎以南の下北半島の刃に相当する佐井村沿岸につき当たり強い南下流となって陸奥湾湾口部との間に渦流域を形成し、特に晩秋から初冬にかけて多くの亜熱帯性ないし温帯性魚類が漁獲されることが知られている。佐井村南端部にある牛滝で長年底建網等で漁獲される魚類の収集・研究を行ってきた野村・塩垣(1988, 1992)の研究では、日本海でも記録されていない極 めて珍しい多くの亜熱帯性ないし温帯性魚類が記録されている。
 以下に代表的なものを挙げるが、これらは全て本県のこの海域が北限となっている。
 エドアブラザメ、ウシエイ、トカゲエソ、ハマダツ、オキザヨリ、アオヤガラ、タカクラタツ、ヨロイイタチウオ、シオイタチウオ、トウゴロウイワシ、セスジボラ、キジハタ、クエ、キントキダイ、アカアマダイ、カンパチ、クサヤモロ、モロ、ムロアジ、マルアジ、アカアジ、オアカモロ、オニアジ、オキアジ、ナンヨウカイワリ、クロアジモドキ、リュウグウノヒメ、マンザイウオ、ハチビキ、イスズミ、コショウダイ、ヒゲソリダイ、シマイサキ、コトヒキ、カゴカキダイ、チョウチョウウオ、ゲンロクダイ、ハタタテダイ、カワビシャ、テングダイ、スズメダイ、オヤビッチャ、タカノハダイ、ユウダチタカノハ、コブダイ、ニシキベラ、ホンベラ、オハグロベラ、アイゴ、コウライマナガツオ、イソハゼ、ミサキスジハゼ、リュウグウハゼ、シマシロクラハゼ、アワユキセジロハゼ、ヒゲセジロハゼ、コマハゼ、ヤリミミズハゼ、ナンセンハゼ、キビレミシマ、ヘビギンポ、ヒメギンポ、コケギンポ、イソギンポ、ベニツケギンポ、イズカサゴ、ミノカサゴ、オニオコゼ、ヒメオコゼ、ハオコゼ、イネゴチ、コチ、フタスジカジカ、アナハゼ、アヤアナハゼ、ムツカジカ、イダテンカジカ、ダンゴウオ、ギマ、テングハコフグ、ソウシハギ、ウミスズメ、クロサバフグ、ホシフグ、ネズミフグなど。
 
写真  ヒメギンポ

三厩村龍飛産. ヘビギンポ科ではヘビギンポが日本沿岸で普通.本種は南日本のもので三厩村龍飛では普通.。
 

 

 本海域は佐井村漁協牛滝支所長を長年勤めた野村義勝氏の熱心な研究により詳細なデータが得られている。当然、これらの魚種は日本海沿岸で採集記録されているべきものである。本海域は日本海海域と同じ温帯性とみなされる。
 この中で、特筆すべきはハゼ科のシマシロクラハゼである。本種は龍飛崎の岩礁性海岸の潮下帯で筆者が4個体採集し、このうち2個体が、新潟県佐渡島と長崎県野母崎産の標本と共に陛下の研究により新種として記載されたものである。龍飛産の標本は完模式及び副模式標本に指定され、国立科学博物館の登録標本となっている(Akihito and Meguro, 1988)。

 
写真 シマシロクラハゼ

三厩村産. Akihito and Meguro(1988)が三厩村龍飛産標本をホロタイプに指定して記載した。
 

 

2)津軽海峡東部海域
 大間崎から尻屋崎に至る海域である。この海域は海峡西口海域に比較して極端に暖流系要素が減少しており、冬期間の冷え込みが厳しいことを物語っている。昔から、大間崎以東には温帯性巻貝であるサザエの分布が見られないこと、さらに、典型的寒流種として道東海域に生息する有名な軟体動物門多板綱のオオバンヒザラガイ(地方名は北海道と同じくアイヌ語のムイと称する)、北海道野付湾で有名な甲殻綱長尾類のホッカイエビの生息が知られており(塩垣、1988)西部海域とは 著しい生物分布の相違が認められる。
 魚類にあっても、タイ類(マダイ、チダイ)は殆ど見られない。また、前掲の海峡西部海域の北限の魚類を欠いている。しかし、当海域が北限となっているものも少ないがある。これらは、キタノウミヘビ、キントキダイ、ギンガメアジ、マハタ、オキナヒメジ、ナガユメタチモドキ、ナガミミズハゼ、ハオコゼなど。
以上述べてきたように、海峡西部海域は日本海と同じ温帯に、東部海域は冷温帯とされる。


陸奥湾海域

 平舘から脇野沢に至る海域であり、この海域の特徴としては湾口部が1つで狭く、湾央部は平坦な泥底で平均水深が38mと浅い海域であることである。湾口部が最も深く水深約70mに達する。
 このような地形的特徴から、日本海から出入りする潮の流れは潮汐流であり、間欠的に出入りを繰り返す。その際、通常は流入は平舘海峡西口から、流出は湾内固有水が海峡東口からとなっている。
 湾内に入った潮の流れは沿岸沿いに反時計回りとなっている。この潮の流れが魚類の分布に大きな影響を与えている。すなわち、水温は西湾で高く、東湾で低い。この傾向は冬期間で著しい。湾奥部では外海水との交換が悪いため、低塩分・低水温の湾内固有水となり、東湾奥部の川内沖合で最もその傾向が強い。表層水温の最高は平均値で23℃、最低で3-4℃であり、最低水温が本県沿岸で最も低くなっている。このことが本海域を特徴づける最も重要な点である。
 すなわち、日本海における最低水温が7-8℃に対して3-4℃という水温は温帯性魚類の生存そのものを保障しない低水温であり、夏場は多くの温帯性魚類の成魚・幼稚魚を含む多彩な構成となるが、冬場には一転して冷水性の地味な魚種のみとなる。陸奥湾の魚類については詳しい記録があるので少していねいに見てみる(塩垣、1985)。

1)温帯ないし熱帯性偶来魚
 日本海で産卵されたものが仔稚魚・幼魚となって陸奥湾に入り、そこで育つ温帯性魚類は多い。代表的なものを挙げれば、コノシロ、サバヒー、ダツ、トビウオ類、アカカマス、シロギス、ブリ、マアジ、シイラ、マツダイ、ヒメジ、メジナ、チダイ、マダイ、クロダイ、イシダイ、ウミタナゴ、イトベラ、キュウセン、スズメダイ、バショウカジキ、マサバ、タチウオ、ナベカ、ニジギンポ、スイ、コチ、ヤナギムシガレイ、アミモンガラ、カワハギ、ハリセンボンなど。
 熱帯性偶来魚としてサバヒーがある。本種は高知県以南、インド洋~紅海に産するもので、平成12年10月に茂浦で潜水観察された全長約25cmの1個体が確認された。極めて稀な例である。平内町茂浦にある県水産増殖センターの前浜に設置した実験筏には7-8月頃、南西風が 吹き続いた後、多くの稚魚が流れ藻と共に吹き寄せられ、金色に輝くブリ、シイラ、トビウオ類の稚魚が見つかることがある。
 また、秋になると、紫地に尾柄部の白い円形斑点を持つスズメダイの稚魚が岸壁等に群れているのが発見される。スズメダイの成魚は小泊の沖合に大群で生息していることはあまり知られていない。そこで繁殖しているものと考えられる。

2)温帯性常住魚
 温帯性魚類で寒冷な陸奥湾の環境に適応し、そこで周年生息し、繁殖しているものがある。これらが、陸奥湾の環境を良く表している。
 キタノウミヘビ、ヨウジウオ、オクヨウジ、タツノオトシゴ、オキタナゴ、スジハゼ、ヒメハゼ、アカオビシマハゼ、アゴハゼ、ドロメ、ニクハゼ、マハゼ、アシシロハゼ、アカハゼ、コモチジャコ、キヌバリ、リュウグウハゼ、セジロハゼ、アワユキセジロハゼ、ミミズハゼ、オオミミズハゼ、ナガミミズハゼ、シロウオ、イソギンポ、メバル、ムラソイ、オニオコゼ、クジメ、アイナメ、アナハゼ、アサヒアナハゼ、ネズミゴチ、セトヌメリ、ハタタテヌメリ、ムシガレイ、メイタガレイ、イシガレイ、アミメハギ、クサフグ、ヒガンフグなど。ハゼ科魚類が多いのが特徴的である。


写真 リュウグウハゼ

平内町茂浦産. 陸奥湾ではごく浅い転石帯に多く見られる.優雅なピンクの体色は名前にふさわしい.


 オキタナゴは陸奥湾では初夏の訪れと共に沿岸浅所に群れでやって来るもので、日がな1日、朝から晩まで餌となる小さいコペポーダ類を一匹ずつついばんでいる姿はまさに平和の使者といった趣がある。冬場は浅い所から姿を消し、水深20m以深の深場の流れの殆どない底層に密群をなして長い冬をじっと耐えている。そして、15cm前後の2歳魚では7月に胎内で5cm前後に成長した胎児を20尾ほ ど産出し、一気に賑やかな海となる。そして、晩秋には10cm程に成長した当歳魚は交尾を済ませ翌夏の出産の準備を終えるのである。

3)温帯性産卵回遊魚
 産卵期を中心とした時期に湾内に姿を見せる魚類で、それ以外の時期は湾外で過ごすものである。キアンコウ、サヨリ、トビウオ類、マダイ、チダイ、クロダイ、ヒラメ、ゴマフグ、マフグなど。
 キアンコウは5月頃湾外から産卵のため入ってくるが、6月頃海の表層に漂う卵塊を見ることがある。卵はゼラチン質の膜状に広がった透明な帯の中に包まれており、ちょうどカエルの卵塊を帯状に広げたようなもので変わった産卵習性がある。
 これまで、温帯性魚類について述べてきたが、逆に冷水性魚類についてみると次のようになる。  

4)冷水性偶来魚
 ネズミザメ、ダウリアチョウザメ、コマイ、オオカミウオ、サラサガジ、ホッケ、トクビレ、ソウハチなど。
 コマイはタラ科の小型魚類であるが、北海道では野付半島周辺海域が産卵場となっており、結氷した陸岸近くの氷点下に近い低水温下で産卵する。本県では珍しいものであるが、1例では田名部川河口より約4Km上流のサケの簗で獲れた記録がある(1986年12月19日、全長375mm、成熟雄)。これなどは迷い込みの1例であろう。

5)冷水性常住魚
 ワカサギ、チカ、クダヤガラ、シワイカナゴ、ムシャギンポ、ムツムシャギンポ、ムシャギンポ属の1種、フサギンポ、アキギンポ、ハナジロガジ、オキカズナギ、ムスジガジ、ゴマギンポ、ダイナンギンポ、ハダカオオカミウオ、タケギンポ、ギンポ、カズナギ、エゾメバル、ケムシカジカ、イソバテング、ギスカジカ、アイカジカ、ベロ、ヤギウオ、アサバガレイ、スナガレイなど。北方系ギンポ類のタウエガジ科やカジカ科魚類が多い特徴がある。 
 昭和50年は陸奥湾養殖ホタテの大量斃死問題で揺れ動いた大変な年であった。しかし、翌年冬に、天の助けといえる天然貝の大量発生が連絡船航路下で刺網にかかった稚貝の多いことから発見された。
 このため、自然発生貝の資源調査が昭和52年2月に西湾の中央部を中心に行なわれたことがある。その結果、22億枚からの大きな資源であることがわかり、翌春、特別採捕許可を出して養殖貝、地蒔貝用の種苗として活用されたが、この種苗は斃死せず生産に結びついた幸運な事件として記憶に残っている。
 この資源調査の際、西湾のドロ深い深場を桁網を曳いた所、ニラクサと称する管棲ゴカイの泥で作った長さ20cmあまりの管が密生した草のように繁茂しており、大量に入網した。このニラクサの山の中から這い出してきたピンク色の細長い魚がハダカオオカミウオであった。
 この魚は北方系のギンポの仲間であるが、成魚が纏まってとれた記録はなく珍魚といえる。北大西洋では同属の1種が分布しており、泥底に穴を掘って棲息していることが知られている。このことから、本種も泥底に巣穴を持って生活しているものと考えられる。採集されたものの胃からはホタテ稚貝の肉片が発見され、強力な歯で噛み割ってホタテ稚貝を食べていたものである。

6)冷水性産卵回遊魚
 ニシン、シロザケ、サクラマス、アメマス、マダラ、ハタハタ、ガジ、ナガヅカ、ホテイウオ、クサウオ、エゾクサウオなど。
 ハタハタは、本場秋田県男鹿半島に続く西海岸の岩崎から鰺ケ沢にかけてが本県の本場である。昭和50年前半までは岩崎では山と海岸に打ち上げられた色とりどりのブリコが見られたものであるが、昭和50年代後半から極端な不漁となり、こんな風景も昔のこととなってしまった。
 実は三厩、牛滝、陸奥湾などでも多くはないが漁獲されていた時代がある。現在でも、孵化直後の仔魚が陸奥湾内で採集されることがあり、どこかで密かに産卵されているものであろう。
 一方、温帯性魚類で本海域が北限となっているものは以下のように、津軽海峡西部海域と比べて極端に少なくなっている。オクヨウジ、サイウオ、ヒイラギ、ホンベラ、スジハゼ、アカオビシマハゼ、ニクハゼ、コモチジャコ、ヒモハゼ、オオミミズハゼ、ナンセンハゼ、メゴチなど。
 以上のことから、本海域は津軽海峡西部海域よりもかなり冷水性魚類が多く、津軽海峡西部海域で見られた温帯性魚類の多くが欠落しており、温帯よりもさらに冷水性が強い冷温帯とされる。もっとも、陸奥湾口部に近い陸奥西湾で温帯性が強く、逆に東湾で冷水性が強いことは当然である。


太平洋海域

 夏場も沖合に居座る親潮を吹き渡る冷涼な東風(ヤマセ)の影響により夏場も水温は20℃を越すことは稀である。本海域に分布する暖海性魚類には日本海経由で南下してくるものと、これとは逆に太平洋南部海域から黒潮経由で北上してくるものとがあるものと考えられる。それらを厳密に区別することは至難である。
 ここでは、その分布が日本海に見られず、太平洋沿岸で北限と考えられるものについて見てみる。
 これらはナガヘラザメ、ジンベエザメ、ツマリツノザメ、シノノメサカタザメ、クロカスベ、カライワシ、クロアナゴ、ノコバウナギ、フクロウナギ、イシカワシラウオ、ミズヒキイワシ、オニイワシ、ナガムネエソ、トガリムネエソ、ワニトカゲギス、ヨロイホシエソ、クロトカゲギス、ホウキボシエソ、アオメエソ、デメエソ、ドングリハダカ、マガリハダカ、ブタハダカ、ハダカイワシ、サヨリトビウオ、サギフエ、カラスダラ、バケダラ、ムグラヒゲ、ゴマフイザリウオ、アカグツ、ワカタカユメソコグツ、テンガイハタ、シマアジ、ヤエギス、コイチ、クロメジナ、キチヌ、トゲチョウチョウウオ、マカジキ、クロカジキ、スマ、アマシイラ、クロタチカマス、ニザダイ、テングハギ、ドクウロコイボダイ、ウケグチメバル、キホウボウ、コンゴウフグなど。
 

写真 ココノホシギンザメ

太平洋深海底曵.地方名ウサギとはよくつけたものである.

 



写真 ヒモダラ

太平洋深海底曵.本科魚類は種類が多いが有用種は少ない.
 

 前述したように、本海域に分布する深海魚は108種にも上り総種数の4分の1にも達する。本海域の北限の魚類は日本海域とは異なり、圧倒的に深海魚成分の占める割合が高くなっている。
 ちなみに、深海とは通常水深200m以深の海域を指すが、ここでは漁業活動が行なわれていない水深400m以深の海域とした。太平洋沖合水深500-1,000m海域の魚類については県水産試験場が昭和50年代に行なった太平洋深海漁場開発試験によってその概要が知られている。


他海域との比較

 これまで、本県各海域における魚類分布の特徴と生物地理区分について概説した。しかし、本県魚類分布の特徴は日本列島主要海域のそれとの比較を行なって初めて全容が明らかとなる。
 魚類相のデータに関してはそれぞれの海域での調査の徹底度が同一のレベルではない点に問題があり厳密な比較は出来ないことを考えておく必要がある。ここでは、特定の海域で長年のデータの蓄積があり、魚類分類の専門家が直接調査に携わってきたものを厳選して紹介したい。
 表1に、亜熱帯海域を代表する高知県、温帯の南限域に相当する長崎半島南西端に位置する野母崎町、日本海西部海域の山陰地方、太平洋北端の本県に隣接する岩手県、および北海道の4海域と本県における分布魚類の科数、種数並びに主要目の科、種数の比較を示した(塩垣,1988を改変)。本県に関しては生物地理区分にしたがって日本海に温帯の津軽海峡西部海域、太平洋に冷温帯の津軽海峡東部海域をそれぞれ含め、日本海・陸奥湾・太平洋の3海域に区分した。

表1 日本列島海域における主要目の分布科・種数,分子の数字は科数,分母のそれは種数.本県日本海は日本海沿岸から大間崎までの津軽海峡沿岸を含む.太平洋は大間崎以東から太平洋沿岸とした
海域名 高知県1) 長崎県2) 山陰地方3) 青森県4) 岩手県5) 北海道6)
野母崎町 日本海 陸奥湾 太平洋 全県 津軽海峡 北部日本海 北東太平洋 オホーツク海
総種類数 241/1276 147/433 177/528 138/392 97/214 155/423 202/654 167/505 105/347 78/265 85/248 52/143
目名                        
ネズミザメ目 11/28 5/6 7/14 11/16 3/5 11/22 12/26 8/13 4/6 5/6 5/6 2/3
エイ目 7/28 6/12 7/16 3/7 3/3 5/17 6/20 5/20 3/15 2/7 2/13 3/6
ウナギ目 8/54 7/15 5/10 3/7 3/4 8/12 9/16 8/15 5/8 1/1 2/5 0/0
サケ目 11/23 2/2 6/10 5/10 4/8 8/20 8/22 14/33 7/15 4/11 7/16 4/13
ハダカイワシ目 3/16 1/1 4/9 2/2 0/0 5/19 7/21 6/25 3/14 0/0 4/9 2/2
タラ目 3/37 3/4 4/7 2/4 3/5 4/16 5/18 4/14 3/14 1/3 3/11 3/6
スズキ目 87/619 67/230 71/214 63/177 39/94 56/138 69/233 51/140 33/90 30/82 23/44 13/18
カサゴ目 16/115 12/46 12/91 16/80 11/39 16/82 18/107 15/88 9/87 8/80 9/73 8/54
カレイ目 5/65 4/20 5/36 5/26 3/12 3/25 5/32 4/29 4/26 3/25 3/24 2/22
フグ目 9/76 6/27 8/25 8/26 5/15 5/18 8/29 6/26 5/11 3/11 4/6 3/3
1) Kamohara (1964), Yamakawa and Hiramatsu (1983), Yamakawa and Manabe (1984,1986) ; 2) 塩垣・道津 (1973) ; 3) 森 (1956) ; 4) 塩垣 (1982,1985) , 塩垣ほか (1992) ; 5) 丸山 (1971) ; 6) 上野 (1971) , 阿部ほか (1983).                                                 

 

 海域別の総科・種数では高知県で最も多く、北海道オホーツク海に面する海域で最も少なくなっているのが明らかである。本県日本海海域は山陰地方に比較してかなり温帯性魚類を欠いており北偏している距離感を実感できよう。太平洋海域は隣県の岩手県よりも若干少ないのはやはり黒潮由来の温帯性魚類を欠いていることと、深海魚の種数が少ないことに起因する。陸奥湾海域は本県の中で最も科・種数共に極端に少ない。これは深海魚成分を全く欠くことと、冬期の冷え込みが厳しく多くの温帯性魚類および太平洋由来の魚種を欠くことによる。その貧弱さは北海道オホーツク、同北東太平洋海域に次ぐものであり、特筆に値する(表1)。
科・種数ともに、その海域での魚類の多様性を示す端的な指標であり、興味深いものがある。
主要目別に見ると、それぞれの分類群で温帯起源と寒帯起源の双方を持っているものが多く単純に比較できないが、この中でウナギ目、スズキ目、フグ目は温帯起源の占める種が殆どである。これらに注目して見ればその海域の置かれた特徴が明瞭になろう。本県海域が陸奥湾を除いて、地理的に北偏してはいるが本州中部海域の魚類相に比較して科・種数ともに大きな遜色がないとはいえ、それでも温帯性魚類のかなりを欠いており温帯域の北限海域といえよう。
また、同様に、海域別に磯の定着性の高い常住魚の占める魚種が多い代表的な2科について見ると、このことは一層明瞭になる(表2)。熱帯起源のハゼ科、イソギンポ上科では暖流の影響力に比例して種数が変動している様子が明らかである。ハゼ科よりもイソギンポ上科でこの傾向はより明瞭である。これはイソギンポ科魚類の温帯適応種が少ないことによる。

表2 日本列島主要海域における磯の定住魚を多く含む科・上科の分布種数.引用文献は表1と同じ.イソギンポ上科はヘビギンポ科・コケギンポ科・イソギンポ科の3科を含む
海域名 高知県1) 長崎県2) 山陰地方3) 青森県4) 岩手県5) 北海道6)
野母崎町 日本海 陸奥湾 太平洋 津軽海峡 北部日本海 北東太平洋 オホーツク海
ハゼ科 52 39 20 28 20 11 7 11 11 2 0
イソギンポ上科 24 13 4 6 3 1 2 1 0 0 0

 ここでの、北限の魚類に占める深海魚の割合は6割余に達しており、日本海域では殆どみられないのとは好対照を示している。これほど深海魚の占める割合が多いのは、やはり広大な太平洋深海魚群集の豊かさを示すとともに、深海魚においてもオホーツク海由来の寒冷な水塊が道東海域にまで分布を広げることを阻止している結果と考えられる。海峡東部海域とは魚類相に深海魚成分を多く持つことの他は同様であり冷温帯とされる。

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